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2008年12月

ラッキーとあいつと妻(10)

あいつは昨夏、同窓会で久しぶりに中学時代クラスのマドンナであった志乃と直接話し合える機会に恵まれたらしい。いい調子に酔っ払ってトイレに立った帰りの廊下で、偶然あいつと同じように酔いを醒ますべく窓を開けて風に当たっている志乃に出会った。

「お久しぶり。お元気そうね」

あいつを待っていたかのように志乃から声をかけられた。微笑んだ可愛らしい笑窪は中学時代と同じだった。その笑窪がなんとも堪らなく魅了された男子生徒は数知れなかった。中でもあいつは未練を断ち切れずにいた。

「ああ、身体だけは元気だよ。貴女も元気そうじゃないか」

あいつは酔いで薄紅色に染まった笑窪に見とれながら云った。

「ええ、ありがとう。お陰で元気よ。懐かしい仲間に会えて楽しいわ」

「ああ、みんな子供にかえって楽しそうだね……

「ええ、ほんまに……

 そこで二人の会話は途切れた。無言で唯見詰め合うだけだった。二人とも殊更に家庭や家族の話題は互いに避けていた。二人とも家庭がうまく行ってないのかも知れない。

「明日、屋島に行かないか」

 あいつは中学時代に戻ったような錯覚にとらわれ唐突に云った。

「え、屋島」

「ああ、何時だったかなあ遠足で行ったろう。あれから行ってないんだ」

「ええ私も長いこと行ってないけど、あそこは若い人たちのデートコースでしょう」

「いいじゃないか。昔に戻ってデートしよう」

 一瞬志乃は吃驚したように耳を疑った。閉経期を迎えた五十過ぎの小母はんを誘ってくるあいつの真意が分からなかった。今更デートでもあるまいに何で。

「見晴らしも良いし、カワラケ投げたいんだ。帰りにどこかで食事でもしないか」

「食事、食事だけならいいけど……

志乃は自分に納得させるように戸惑いながら応えた。

「明日車で迎えに行くよ。何処で待っていればいい」

「車は困るよ。誰かに見られないとも限らないし近所の手前があるでしょう」

幾ら年を取っても近所の噂にはなりたくない気恥ずかしい乙女心が残っているようだ。

「そうだな……田舎では拙いか。じゃケーブルの登山口で二時に待ってるよ」

あいつは勝手に午後二時と決めた。

「二時ね……ええ、いいわ。」

志乃は二時という時間に少し躊躇したが思い切るように明るく云った。水玉模様のワンピースは志乃のしなやかな少し丸みを佩びた身体のラインを浮かび上がらせていた。青い水玉に入り混じったセピア色の水玉が派手さを抑えていた。

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ラッキーとあいつと妻(9)

あいつには二人の息子がいたがそれぞれ独立し夫婦二人だけの生活だった。五十を過ぎた夫婦生活は味気なく些細な事で崩壊しかねない状態にあった。

あいつは愚かにも浮気を企んだらしく、気分も新たかな元旦から突然襲われた悪夢に苛まれていた。夫婦の間に突風が吹き荒れている。あいつは同窓会をきっかけに同級生と浮気を企んだが隠し事のできないあいつは直ぐにばれてやがった。それは全くお粗末なばれ方だった。毎年来る同級生からの何の変哲もない普通の年賀状からだった。印刷された文面の端っこにペン書きで「今年こそよろしく」と添え書きされていた。日頃印刷物の校正をやっている妻がそれを見逃す筈がない。

「これ可笑しいんじゃない「今年こそ」って何よ?普通は今年もでしょう。説明して頂戴!」

「説明しろたって唯書き間違えただけだろう」

「年賀状よ。普通書き間違えた年賀状を出すわけがないわよね。夏の同窓会で何かあったんでしょう!」

女の勘は凄いもんだ。見事にあいつの愚かな細工を見破った。

人間の男って奴は始末に置けない生き物だ。あいつは五十を過ぎると先が見えて男が男でなくなるような気がしたのか急に焦りだしやがった。棺桶に片足を突っ込み後は寝っ転がるだけなのに、これで俺の人生も終わりかと勝手に思い込み、この結婚生活は間違ってなかったのかと嘆き悲しみ、他にもっと楽しい家庭が持てたのではないかと最後の悪足掻きだ。無駄な精力と神経を使い残り火を奮い立たせようとしていた。あいつも同じように唯のおっさんだったのだ。

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ラッキーとあいつと妻(8)

 二

 

年が替わり新しい年になっても例年になく暖冬が続いていた。小春日和を思わせる暖かな火曜日の午後だった。あいつは暮れの大掃除の時ぎっくり腰を再発し、暫く休んでいたゴルフの打ちっぱなしに来ていた。

ラッキーの母さんも工場跡地の草叢に投げ捨てられて、小父さんに締め出しをくって一年近くが過ぎていた。工場跡地はバブルが弾けて買い手がないのか未だに草ぼうぼうの更地のままだ。初音は脚の傷も癒えたが後遺症が残り亡くなった爺さんと同じように歩き方が少し変だ。前からは気が付かないが後ろから見るとひょこんひょこんと愛嬌のある歩き方だ。初音は何時しか近くの雑種のシロと懇ろになり草叢で二匹の赤ちゃんを産んでいた。

草叢の中で初音は監視しているのか昼寝をしているのか時々薄目を開けてウトウトしている。ラッキーは母親の近くで機嫌よく兄とじゃれ合って戯れていた。あいつは道路を隔てたゴルフの練習場からゴルフバッグを引っさげて出て来た。余程ゴルフの調子が悪いのか車のトランクにゴルフバッグを収めても何かブツブツ云いながら案山子が酔っぱらっておどけた様な変な格好でスイングしていたが、何を思ったか急にトイレに行きたくなったらしく、道路を横切って草むらの方にやってきた。あいつは辺りをキョロキョロ見渡して人影がないことを確かめて前のチャックを引き降ろし淑女の目の前で立ち小便をやらかした。ラッキーはもう本当にびっくりして兄から離れた。用を済ませたあいつは何食わぬ顔で近づいて来た。

「何だ。子犬か!可愛いな」

あいつは生まれて一ヶ月ばかりの双子の兄を抱き上げた。

「う、ううー」

母親が唸り声を上げた。あいつは驚いて兄を放したが、母親が首輪をしてないのを見て

「野良犬か?」

そう云いながらどんくさいあいつに似合わぬ素早い速さで少し離れていたラッキーを抱かかえ助手席に放り込み連れ去った。青空駐車場に車を入れてあいつはラッキーを抱えて口笛を吹きながらご機嫌で帰って来た。

「おい、可愛いだろう」

あいつはラッキーを差し上げながら得意そうに妻に云った。

「どないしたん」

「拾ってきたんや」

「拾ってきた?汚い!どんな病気持ってるかわからへんやないの」

<汚い!病気持ち!なんて事を云やがるのだ。勝手に連れて来やがって>

「早よ返して来て。近所の人にも迷惑でしょうが、泣き声がうるさって怒鳴られるよ」

「だけどなあ、こいつ可愛いだろう」

あいつは未練たらしくラッキーの頭を撫でながら

「子供たちも出て行ってしまったし、寂しいがな」

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